縄文時代、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代、平安時代など日本古代史の出来事と検討課題の考察を行う。考古学の成果も取り入れ、事実に基づき、合理的な歴史の再構築を図る。

日高遺跡(ひだかいせき)は群馬県高崎市日高にある弥生時代後期、平安時代の水田跡、集落跡の遺跡である。後期『久ケ原式土器』の標識遺跡である。弥生時代の大規模集落である。

概要

発見当時は、水田の畔跡から人の足跡がみつかったことが話題となった。円形周溝墓群、当時の米など貴重な発見がある。

調査

1961年、関越自動車道新潟線建設に係る調査により、浅間山火山灰に覆われた弥生後期の水田跡が発見された。
水田跡の西側台地に、方形周溝墓の墓跡、東側台地には住居跡群による集落跡の存在が明らかになった。
水田跡は、浅間山の大噴火で降り積もった軽石(浅間C軽石:3世紀後半)に覆われており、保存状態が良く、あぜも残されていた。水田に水を供給する溜池状遺構や湧水が存在し、当時の水田稲作の様子がよくわかる。居住域・生産域・墓域がまとまって保存されている遺跡として、国の史跡に指定された。

遺物

弥生時代後期の樽式土器、農具などの木製品、石製品、ガラス小玉、栽培・採取による種子類、獣骨類が出土した。

アクセス

  • 名称:日高遺跡
  • 所在地: 高崎市日高町31番地2ほか
  • 交通: JR上越線 井野駅下車徒歩30分

参考文献

  1. 群馬県教育委員会(1982)『日高遺跡 地域埋蔵文化財発掘調査報告書5』
  2. 大塚初重(1996)『古墳事典』東京堂出版

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