縄文時代、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代、平安時代など日本古代史の出来事と検討課題の考察を行う。考古学の成果も取り入れ、事実に基づき、合理的な歴史の再構築を図る。

法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘(ほうりゅうじ こんどう しゃかさんぞんぞう こうはいめい)は、奈良県斑鳩町の法隆寺金堂にある本尊・釈迦三尊の光背裏面に刻されている銘文である。釈迦三尊像は国宝である。

概要

196文字の銘文である。196字を14行、各行14字で鏨彫りする。銘文に造像の年紀や聖徳太子の没年月日などが書かれる。、造像の施主・動機・祈願・仏師のすべてを記している仏像としては日本最古である。太子の命日を伝える最古の史料である。『日本書紀』に推古天皇29年(621年)2月5日とあるが、今日では本銘文の内容が太子の没年月日として定着する。
法隆寺金堂釈迦三尊像光背が本文中に書かれる聖徳太子死没の翌年の623年(癸未)に作られたものであるかは、異論が提出されている。7世紀後半や8世紀説もある。

623年刻字の否定説

以下の論拠がある。
  1. 「法興」という年号は存在しない(福山敏男(1935))
  2. 「法皇」の語は、後世に天皇号が成立した以後のものである(福山敏男(1935))
  3. 「仏師」の語は、和製語で、その使用は正倉院文書によると天平6年(734年)以後

東野の反論

1989年の移動調査により、光背や三尊像が後代の作とすることは否定された。
すると銘文が「追刻」であるかが問題となる。つまり「上宮法皇」の記載が623年に存在するのか、という疑問である。しかし東野は次の反論を行った。
  1. 「上宮法皇」は天皇号の成立がなくともあり得るとする。
  2. 「仏師」の記載例は奈良時代以降とする見解もあるが、史料的限界から断定できない。
  3. 現物調査では釈迦三尊像と同時に作られたと考えられる。
東野は刻銘の字画内に鍍金が存在するかどうか、字画の周囲にメクレが存在するかを検討した。鍍金が存在すれば、銘は造像の製作過程で入れらたと判断できる。東野は2000年3月に法隆寺で調査した。その結果、光背裏面に全面に点々と鍍金があることを確認した。刻銘のある部分には周囲にそれ以外とは異なる平滑さが認められる。平滑な部分は光背製作過程で意図的に製作されたと考えられる。拓本の採取過程で生じたものではないとした。
光背は製作当初から現在の銘文を入れるように計画されていたことを示す。釈迦三尊像と銘文は一体のものである。

昭和資材帳調査

1989年の昭和資材帳調査で、釈迦三尊像の宣字形台座の下座下框から「辛巳年八月九月作□□□□」の墨書が発見された。この下框材は建造物の扉を転用したものとみられ、釈迦三尊像の完成が623年であることから、この墨書の「辛巳年」は621年に比定されている。
森岡隆(2005)は、「当初から像と台座が一具であったことを示すもの」とする。

光背銘

釈迦三尊像光背銘
(原文)
  • 法興元丗一年歳次辛巳十二月、鬼
  • 前太后崩。明年正月廿二日、上宮法
  • 皇枕病弗悆。干食王后仍以労疾、並
  • 著於床。時王后王子等、及與諸臣、深
  • 懐愁毒、共相發願。仰依三寳、當造釋
  • 像、尺寸王身。蒙此願力、轉病延壽、安
  • 住世間。若是定業、以背世者、往登浄
  • 土、早昇妙果。二月廿一日癸酉、王后
  • 即世。翌日法皇登遐。癸未年三月中、
  • 如願敬造釋迦尊像并侠侍及荘嚴
  • 具竟。乗斯微福、信道知識、現在安隠、
  • 出生入死、随奉三主、紹隆三寳、遂共
  • 彼岸、普遍六道、法界含識、得脱苦縁、
  • 同趣菩提。使司馬鞍首止利佛師造
(大意)
法興31年(621年)12月、聖徳太子の生母である穴穂部間人皇女が亡くなった。翌年(法興32年、622年)正月12日、太子と太子の妃・膳部菩岐々美郎女(膳夫人)がともに病気になったため、膳夫人・王子・諸臣は、太子等身の釈迦像の造像を発願し、病気平癒を願った。しかし、同年2月21日に膳夫人が、翌22日には太子が亡くなり、同年に釈迦三尊像を仏師の鞍作止利に造らせた。

指定

参考文献

  1. 東野裕之(2004)『日本古代金石文の研究』岩波書店
  2. 福山敏男(1935)「法隆寺の金石文に関する二、三の問題」『夢殿』13号
  3. 書学書道史学会 (編)、森岡隆(2005)『日本・中国・朝鮮/書道史年表事典』萱原書房,p.275

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