四日市遺跡(よっかいちいせき)は、大分県玖珠郡玖珠町にある弥生時代中期後半の集落遺跡である。
大分県玖珠郡の玖珠盆地の北にある丘陵上にある。工業団地10万m2を平成14年からへ一成29年度までの16年間にわたる発掘調査を行った。
旧石器時代の包含層調査では約24,000〜20,000年前のナイフ形石器が出土した。
弥生時代中期後半(2000年前)と弥生時代後期終末〜古墳時代初頭(約1800年前)の2時期の集落跡を確認した。
後期終末〜古墳時代初頭の竪穴建物の中央にある炉跡の周囲にU字形の土坑が認められる事例が多く、他地域ではあまり類例のない特徴があることが判明した。弥生時代後期末から古墳時代初頭段階の集落は、中期後半段階よりも狭い範囲で展開することが確認された。
広さ116m2の大型掘立柱建物を始めとする16棟の建物が注目され、祭殿や集会場であったと考えられる。なぜ弥生時代中期後半の短期間しか使用されなかったのはなぜかわかっていない。
旧石器時代の包含層調査では約24,000〜20,000年前のナイフ形石器が出土した。
弥生時代中期後半(2000年前)と弥生時代後期終末〜古墳時代初頭(約1800年前)の2時期の集落跡を確認した。
後期終末〜古墳時代初頭の竪穴建物の中央にある炉跡の周囲にU字形の土坑が認められる事例が多く、他地域ではあまり類例のない特徴があることが判明した。弥生時代後期末から古墳時代初頭段階の集落は、中期後半段階よりも狭い範囲で展開することが確認された。
広さ116m2の大型掘立柱建物を始めとする16棟の建物が注目され、祭殿や集会場であったと考えられる。なぜ弥生時代中期後半の短期間しか使用されなかったのはなぜかわかっていない。
約2000前(弥生時代中期)の土器の破片2点にシカや矢尻が描かれていた。弥生時代にシカは豊作のシンボルだったとされ、角や尾などを写実的に表現している。口の部分に鹿2頭を線刻している。縦横約6cmで、1頭は枝分かれする角に、胴体を斜線で表す。頭は三角で表される。
- 「弥生土器にリアルなシカ 大分・四日市遺跡」産経新聞、2017年11月10日
- 「四日市遺跡第16次発掘調査速報」大分県教育委員会,2018年3月29日
- 文化庁『発掘された日本列島 2021』共同通信社
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