縄文時代、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代、平安時代など日本古代史の出来事と検討課題の考察を行う。考古学の成果も取り入れ、事実に基づき、合理的な歴史の再構築を図る。

大山古墳(だいせんこふん, Daisen Ancient Tomb)は大阪府?堺市堺区にある前方後円墳である。

概要

日本最大の古墳であり、世界3大墳墓と言われる。墳丘の全長約486m、後円部径約249m、高さ約35.8m、前方部幅約307m、高さ約33.9mの規模で3段築成されている。
後円部の真ん中の最高部に大きな石があったことが240年前の江戸時代の記録に残る。埴輪焼成は窄窯焼成であった。梅原末治博士の試算では、埴輪の総数は2万本を超すとされる。

調査

2018年第一回発掘調査

2018年は、墳丘を囲む二つの堤のうち、墳丘に近い第1堤の南側と東側の3カ所を調査した。円筒埴輪列が見つかり、埴輪が並ぶ面に石が敷き詰められていることを確認した。

2021年第二回発掘調査

宮内庁と堺市は2021年9月27日、3年ぶりに2回目となる共同の発掘調査を行った。調査期間は10月5日〜12月上旬であった。濠の水で浸食される墳丘の保全工事をする際、通路を設けることになる堤の遺構や遺物を調べるのが目的とされた。前方後円墳を囲む堤の内側から、「円筒埴輪列」が発見された。

遺物

葺石埴輪があり埴輪には巫女形埴輪、馬形埴輪、水鳥形埴輪、犬形埴輪人物(女子頭部)や水鳥、鹿、家などが出土する。1872年(明治5年)には、前方部で竪穴式石室に収めた長持形石棺が露出し、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿が出土した。昭和30年代と最近の調査で造出しから須恵器の甕が出土した。
  • 長持形石棺
  • 埴輪
  • 眉庇付冑
  • 短甲
  • 葺石
  • ガラス壺

ボストン美術館

アメリカのボストン美術館に仁徳天皇陵出土とされる銅鏡や環頭大刀などが収蔵されている。しかし鏡や環頭大刀の同陵出土には疑いもある。岡倉覚三によって1906年(明治39年)に京都で購入された可能性が高いと推定されている。

被葬者

宮内庁は大山古墳を仁徳天皇陵に比定している。
大阪市立大学文学研究科 岸本直文教授の説によれば、大山古墳は古墳から出土する土器や馬具の研究から、大山古墳の完成は5世紀中ごろとしている。仁徳天皇は年代が合わず、年代的に見合うのは允恭天皇とする。

アクセス等

  • 名称:大山古墳
  • 形式:前方後円墳
  • 被葬者: 学術的に被葬者は未確定
  • 築造時期:4世紀末から5世紀頃
  • 全長:約486m
  • 前方部幅約307m
  • 前方部高さ約33.9m
  • 後円部径約249m、
  • 後円部高さ約35.8m
  • 所在地: 堺市堺区大仙町
  • 交通: JR阪和線「百舌鳥駅」下車 徒歩8分

参考文献

  1. 大塚初重(2019)『巨大古墳の歩き方』宝島社

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

フリーエリア

よろしければランキング投票してください
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

フリーエリア

PVアクセスランキング にほんブログ村

メンバーのみ編集できます